そんなに暇なら本でも読みませんか?

書評、感想、おすすめ。少々偏りがありますが、わりと何でも読みます。

何もかも憂鬱な夜に 中村文則

自分以外の人間が考えたことを味わって、自分でも考えろ

考えることで、人間はどのようにでもなることができる

世界に何の意味もなかったとしても、人間はその意味を、自分でつくりだすことができる

 

~あらすじ~

施設で育った主人公の「僕」

親がいない”孤児”という境遇で歳をかさね、少しずつ大人になり、施設長だった恩師から人間として大事なものとは何かということを教わって育つ。

刑務官という役職についてから、様々な囚人達に出会い、時に憤り、同情し、裏切られ、そして成長していく。

刑務官になってから九年が経ったある日、夫婦殺害の罪で死刑が確定した死刑囚”山井”の担当を任されることになる。山井は親がいない。幼少時代を自分と同じ孤児という境遇で過ごした弱冠二十歳の若い青年だった。

どこか自分と似たものを感じる山井と接する中で僕は、昔自殺した親友の記憶や彼との思い出、そして施設にいた頃の自分を思い出しては、生と死とは何なのかを思い知らされ、記憶とリアルを彷徨って葛藤する。

 

大人向けですね。暗いストーリーの中でも作者が伝えてくれるメッセージを拾い集めながら読むのです。そうです。

不安定な思春期に乱れる男子生徒の心の叫び、慟哭にも似た心の鬱憤が爆発するかのように書き綴られた自殺した親友のノート。

強姦魔の鬱屈した思想、それでいながらも嫌になるほど人間らしい心の内や不安。

生と死は表裏一体だということ、死にたいけど生きていたり、生きていたいけど死んでしまったり。

生々しくて暗い。だけど、こういうことは実は現実にあることなのです。

死刑制度って、先進国で実施しているのは日本とアメリカぐらいらしいです。よく「死刑制度反対」なんて主張している団体もありますけど、こういう是非は例えば百年生きたって結論は出ないような論題じゃないですかね。結局、人が「人を」裁くわけですから。

私個人としては死刑制度は廃止しなくても構わないと思っていますけど、よくよく考えてみれば人間が”人間を正義として殺す”ってちょっと神様気取りな気がします。

そりゃあ、大切な家族を殺された遺族や友人、恋人からしてみれば苦虫を噛み潰すどころの騒ぎじゃないぐらい悔しい思いをするわけです。いっそ自分の手で犯人を殺してやりたいと思ってもおかしくありません。

でもその犯行が死罪に値するか否かを決めるのは案外”大衆”である国民なわけです。

人社会に於いてマジョリティは謂わば正義そのもの、道徳そのものなんですよ。少数派であるマイノリティは、こういう言い方をしてしまうのは相応しくないかもしれませんが”正しくない”と言われてもおかしくないわけです。

百人が「こんなやつ死んでしまえ」と言ったことに対して、たったの一人が「殺してしまっては可哀想だ」と言ったとしても、それは「一般的じゃない」と位置づけされてしまうものなんですね。人社会は多数決です。

こうなってくると、マスメディアが発信する情報というものは多大な影響力を国全体に及ぼしているということがわかります。犯行の一部始終や、動機、その後の態度など、これを直接見聞きできない国民が新聞やニュース、テレビから得た情報だけでどう感じ取って、どう思うのか。恐ろしいですね。

最終的に判決を下すのは裁判長であっても、その判決の流れをつくるのは世間一般の私たちだというわけです。