そんなに暇なら本でも読みませんか?

書評、感想、おすすめ。少々偏りがありますが、わりと何でも読みます。

終わりの感覚 ジュリアン・バーンズ

ジョーク・・・ユーモア・・・ウィット!ウィット!

センスのいい。とてもお洒落な一冊。

先月、誕生日に友人からプレゼントしてもらいました。本当にありがとう。

 

__記憶と時間をめぐる物語。

 今、思い出してみれば自分はどんな人生を送ってきたのだろうか。

どんな人間だったのだろうか。

私たちは自然と、これは本当に不思議なことなんですけど、過去を、思い出とか記憶とかいうやつを無意識に(もしくは意識的に)簡潔にしがちです。

どういうことかといいますと、細部までしっかりとそのまま。という風に記憶していられないんですね。この記憶力の無さに加えて、感情とか価値観というものがあらぬ尾ひれをつけまくって、オリジナルというものをいつの間にか消失させます。俗に言う”思い込み”ってやつ。これに対してとてもいい言葉があてられています。

「私たちは実に軽薄な思い込みによって生きている」

まさにそのとおりですね。脳男の書評書いたときにもこんな話した気がします。

 

もう一つ良かったのが若いと老いとの違いの話。

人というものは当たり前に歳をとる。つまり、時間を過ごして”記憶”を蓄える。

もちろん、現在も未来もあると信じているわけだから、これから先の人生をどう生きたいとか、こういうことが起こるだろうな、とかそういった予想、想像をするのも人生の醍醐味であるといえる。

色々な出会いが待ち受けているだろうし、楽しい出来事、嬉しい出来事が続いたり、逆をいえば、悲しいことや辛いこともたくさんあるかもしれない。別れも孤独も必ず経験するだろう。

これが「先を見る」ということ。誰にでもできること。私のような若者にもできる。小学生だって出来ると思う。

じゃあ、齢を重ねた人というのはさらに何ができるのか?

彼らはそう、「過去を振り返る」ことが出来る。

語弊がありそうなので言っときますけど、これはもう、ノスタルジー。郷愁です。

五十歳、六十歳なってやっと雰囲気が出てくるようなあれです。

長く生きてるから偉いとか、たくさん時間を過ごしたからすごいとか、そういうことを言いたいわけではなくて。

”記憶”という曖昧なものを、思い出しては忘れて、忘れては思い出してを繰り返して、…そして、気づけば”歴史”になっている。こういうのって本当に面白いですねぇ。

 

読み終わってちょっと思ったことでした。